メグモグ生活

調理師・日本画家の女房・築古戸建の大家さん・乳がんサバイバー ”わくわくキョロキョロ”がモットーです!

お金のブロックと向き合った過去 気づき編  

こんにちは!メグモグです。

私が不動産投資を始めよう!と思ったずっと以前に、お金のブロックがあった。

 

まずは今回は、「お金のブロックが自分にある」ということに気づき向き合うまでを書きます。

お金とはキチンと向き合わなきゃ…と頭では分かっていても、足し算引き算せずに使ってしまう。
マイナスが怖くて、「汗水たらしてたくさん働けば、大丈夫!」と自分に言い聞かせてまた使ってしまう。

そんな状態が30~40歳半ばまで続いた。

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その当時の私は、「結婚という文字は私の辞書にはない」と強がって、調理師として鬼のように働いていた。

ですので先に書いた30~40歳後半の頃の私は、男性が近寄るのも怖い感じだったと思う。
自分で稼いだお金は自分で自由に使う身分だったので、足し算引き算が雑になっても困るのは自分だけという境遇。

私が結婚もせず鬼のように仕事をしていた理由は、自分ではとても理解していた。


父親がお金に対して、とてもルーズだったから。


3人兄弟の中で一番早く社会に出たのが私だったので、20歳そこそこの私に対して父親が「お金、貸して」と言ってくる。

 

父も、足し算引き算が出来ない人だった。
いや、足し算引き算はできたと思う。
足し算を増やすか、引き算を減らすか、ということができなかったのだ。

 

その血を私も感じていたので、お金と対峙するのが怖かった。
なのでがむしゃらに働いていたのだと自覚している。

 

恥ずかしい話だが、給料が振り込まれる口座はいつもマイナスになっていた。

裏貯金をしていて、マイナス20万円くらいまでは引き出せたのだ。

 

そんな生活の歯車が、変わるきっかけがあった。

いや、たまたま与えられた、というほうが正解かも知れない。

仕事で転勤の辞令がおり、地元を離れることになった。

住まいはホテルの敷地内にある寮。

住居費、水道光熱費は無料だったか、引かれても月5,000円くらいだったと思う。

 

仕事も忙しく、休日が週に1日取れるかぐらいの状況だった。

更に転勤した地域は、観光地としては名が通っているが、地元の人の文化的生活レベルは、自分の地元よりも低かった(すみません)。

外にご飯を食べに行こうにも、ラーメンか焼肉。

おしゃれをしようにも、気分が上がるようなお店が無い。
美容院も、大型スーパーの中にあるチェーン店で済ませるしかない。

 

そんな生活を1年ほどしていると、給料が振り込まれる口座にどんどんお金が貯まっていった。

いつもマイナスだった通帳だったのに…。

 

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これをきっかけに、お金にしっかり向き合おう!

足し算よりも大きな引き算をしないよう、しっかり考えて生活しよう!と決めた。

そうなると、行動を変える必要がある。
それに気が付いたのは、40歳も半ばを過ぎていた。

 

つづく